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2006年7月13日 (木)

オートバイの科学と俺

060712_20550001 高校生の頃、オートバイの科学という本を本屋で見つけ、そのタイトルで思わず買ってしまった。非力な単気筒で1000ccのビックバイクと対等に走るにはどうすればいいか?と大真面目に書かれてあった。元モータージャーナリストの島 英彦さんの著書だ。俺は柔よく剛を制す的な考えをこの本を読む事でしっかり頭に植えつけられてしまった。絶対的なパワーよりトータルバランス (ライダーも含めて)が重要だといつの間にか教え込まれた感じだ。だから今でも俺は単気筒のオフ車にこだわってしまうのかもしれない。実は今、手元にあるこの本は二冊目でしかも元々俺の物ではなかった。自分が買った本は静岡のヤマハ本社工場でアルバイトしてた時、仲良くなったバイト仲間に貸して、返してもらう前に俺が地元秋田に帰ってしまったため、それっきりとなった。またこの本が欲しくて何度も本屋に注文したが手に入らずとっくの昔に廃刊していた。古本屋に行ってもこんな特殊な本が見つかる訳が無い。しかし、今この本がここにあるのは巡りあわせか只の偶然なのか。ちょっとした理由がある。俺の心の中にはいつもこの本があってバイクに対する取り組み方は全部この本が基本になっている。だからこの本がまた欲しくて欲しくて堪らなかった。そんなある日、偶然この本と出会う事になる。

俺は’95年に筑波サーキットで開催されるターミネーターズというオフ車で行われるロードレースに参加する事にした。出場するにあたりFCRキャブを入れたKTM620デューク (AMSフジイ・チューン)に少しでも速くなる様にとKTM純正のレーシング・マフラーを組んだ。しかし、このマフラーはかなり抜けが良かったためキャブセッティングがこのままで良いのか不安になった。 (AMSフジイの完璧セッティングが崩れる事を恐れた。)そこで当時やっと全国に普及し始めたバイク用シャーシダイナモをバイク嫌いで有名な秋田県 (ここ数年沢山のモトクロス国際A級ライダーを輩出した秋田県だが現在県内に公式モトクロス場は1つも無い。)にいち早く導入したショップ、モトグリフィンへパワーチェックとセッティングをお願いしに行った。秋田では珍しい都会的な感じのする店内、その中央に所狭しと設置されたシャーシダイナモ。そしてパワーチェックされたデータを映し出すモニター。そのモニターのすぐ隣に本棚があって沢山並べられたバイク本の中にこのオートバイの科学が混じっていた。思わず手に取り店主とこの本の話題で盛り上がった。しかし、まさかいくら欲しいからといって「売ってくれ!」とは言えない。一目で店主が研究熱心と解る店内で彼にとってもこの本がバイブルなのは自ずと伝わってくるからだ。出したくても出せない言葉の代わりに俺が発した言葉は「これ、もう廃刊になってますから大事にした方がいいですよ。俺、それが分からずに人に貸したらそれっきりです。」その一言で店主は俺の気持ちをすぐに悟ったみたいだ。「しまった。」俺は自分の下衆な気持ちを悟られ恥ずかしくなってさっさと用件を告げて店を出た。 

2週間後、バイクを取りに来てくれとモトグリフィンから連絡があり、すぐに取りに行った。俺が店内に入るなり店主が俺に向かって言った。「このバイクどこでセッティング出したんですか?こんな綺麗なパワーカーブ (出力測定の線グラフ)見たこと無いですよ。」俺は驚いた口調の店主に事情を話す。「このキャブは埼玉のAMSフジイさんの所で組んでもらったモノです。」研究熱心な彼がAMSフジイの名を知らぬ訳が無い。その一言で店主は納得した。結局、デュークは持ち込んだ時以上のセッティングは出せなかった様だ。 (冷静に考えれば無理もない)デュークをトランポに積み、帰ろうとする俺に店主が言った。「いやー、今回は良い勉強をさせて頂きました。」思わず恐縮した。

それから10年、モトグリフィンの店主は不慮の事故で亡くなった。その後、店主と交流のあったバイク屋へモトグリフィンに置いてあったシャーシダイナモと書籍が運ばれた。この交流があったバイク屋が実は現在俺が通っているバイク屋で、亡くなった店主の意思を受け継ぐかの様に遺品のシャーシダイナモで日夜キャブセッティングに励んでいる。このキャブセッティングに励むバイク屋の社長も実はオートバイの科学を持っていて、以前からよくこの本が話題に出た。ある日、バイク屋の中に入ると俺の足元に沢山のバイク関係の書籍が入った箱があった。「この本何?」と聞くとモトグリフィンの店主の遺品だと言う。俺は中を見る。箱の底の方にオートバイの科学があった。「これ、貰ってもいい?」俺が聞くと社長は答えた。「ぜひ、貰ってやって。」社長は自分と同じくこの本の偉大さを知る俺にならと本をくれた。何の偶然かあの時、心から欲しかった本が俺の手元にある。もしかしたら死んだ店主が俺の気持ちを察して俺にくれたのかも知れない。俺はそう思いたい。

ありがとう。

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コメント

昔、モトライダー主催?でXT500のエンジン使って、自作のフレームで八耐に出た島英彦さんですね。直線では簡単に抜かれるけど、コーナーではいい勝負してましたよね。
もし良かったら、今度その本を読ませて頂けませんか?

そして、ピーキーさんが出るイベントを教えて下さい。今度遊びに行きます。

投稿: ヌノ | 2006年7月13日 (木) 10時43分

7月23日に秋田太平スキー場オーパスにて二輪・四輪合同のイベントショーGIGの公式練習があります。暇なら見に来てください。

投稿: ピーキー | 2006年7月13日 (木) 10時55分

了解しました。
時間がありましたら、行って見ます。

投稿: ヌノ | 2006年7月13日 (木) 15時54分

記事読んで,「オートバイの科学」を購入してしまいました!!
小さいバイクで大きいバイクに勝つ.
その情熱に惚れました.
amazonで運良く中古本を発見できたのでこれから猛勉強です.

投稿: たーぼ | 2006年10月12日 (木) 18時35分

突然、今時分、1年前のブログにコメントを書き込んで済みません。
懐かしい言葉を見つけてしまいました。
モト・グリフィンの店主と、10代から30代にかけて、彼が帰郷するまで交流していました。
10代の頃の彼は、イラストライターを志していて、オートバイに触れたのは比較的あとになってからでしたが、ひらめきの速さと、論理のテクニックの両方を兼ね備えていましたね。
(そしてキザと助平も両立していました)
街道と峠の時代の彼は、オートバイの整備とセッティングは、いつでも独学でやっていました。まず、人の意見に耳を傾ける男ではなかった。
彼が帰郷して店を開いた頃から、疎遠になり、亡くなられた知らせを受けたときには驚いたのですが、丸くなっていく面もあったのだなあと、このブログで空白の数年間をうかがうことが出来ました。
「グリフォン」にするか、「グリフィン」にするか、当時、数人で作っていたツーリングクラブの名前を決めるために、アパートに夜中に呼び出されて、その日一晩中うなっていたのを(こちらの意見なんか聞かないくせにです)、今でも覚えています。
彼は愛車に名前を付けていたのですが、たった一度だけ、東京時代最後のオートバイになった(と思います)ヤマハFZの命名は、僕に委ねてくれました。
長文、失礼しました。

投稿: 雷蔵 | 2007年7月 1日 (日) 22時53分

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