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2006年7月 5日 (水)

中山峠ヒルクライム・レース

060704_18440001 今日はバイクでは日本初のダート・ヒルクライムレースの話をしたい。’89年、レーサーレプリカによる峠や港などで事故大量発生。その異常さに誰もが気がつき始めた頃、バイクメーカーはオフ車をレーサーレプリカ化して発売する様になった。 (あの頃の人気ある峠は狂ってた。事故で人が死んでる横をアクセル全開で攻めるなんて日常茶飯事の出来事にすぎなかった。)事故で二輪通行禁止や封鎖になる峠とは対称に林道ブームが始まった。

東京から地元秋田に帰った俺もCRM50で林道の楽しさを知り、やがてKDX200にステップアップしていった。 (何か凄く楽しいゲームをやっている感覚だった。)しかし、慣れてくると面白さが薄らいでしまう。あの凄く楽しい感覚を求めてマシンをチューンナップしたり、より速いマシンに買い換えたりしてどんどんエスカレートした。当時、秋田には二輪館ってショップがあって俺はそこのメンバーなのだが、メンバーの誰かが速いマシンを手に入れると他の者も皆一斉にマシンを買い換えてしまうスピード依存症集団がそこに存在していた。、もう誰も止められないし、止まらない状態だった。

俺は他のメンバーよりも先を走るためにKTM300TYC(2スト)を購入する。それが依存症を悪化させるとも知らずに・・・。 KTM300はとにかく速く、コーナーを抜けた瞬間次のコーナーにワープする感じだった。 (誇張はしてない)林の中を全開で走るとトンネルの中にいる様な錯覚に陥る。俺は3シーズンほとんど毎日の様に地元で一番高い山、真山に走りに行ったんだ。毎日見えないライバルと戦うためにね。 (頭、イッちゃってる)

真山は砂利道で道がカマボコ状になっていて路面の中央が極端に高い。だから左コーナーはイン・イン・インで走り、右コーナーはアウト・イン・アウトで走る。路面のカント(バンク)を使う必要があるからだ。しかし、ブラインドコーナーも多いので崖側から、先のコーナーの状況や対向車の有無を確認してつっこむ。ブラインドの右コーナーでどうしても対向車の有無が分からずアウト・イン・アウトが出来ない時はアウト側を舐める様に走り、前方の安全を確認できたらインへ飛び込む。また、道にはカーブミラーが設置しているのでミラー角度を見てコーナーの曲がりを読む。 (ミラーが自分に向かっている所はコーナーがきつい)上に行くほど道を傾斜はきつくなり、トラクションをうまく掛けないと前に進めなくなるとてもテクニカルなコースだ。

真山には色々教わったし自信もついた。しかし、自分の成長を確かめるすべはなかった。そんなある日、雑誌で日本で始めての本格林道ヒルクライムレース開催の知らせを目にする。場所は北海道中山峠、すぐにエントリーした。

レース当日になり詳しいルールの説明があり、速いと思われる人かマシン排気量のデカイ順に2台ずつスタートさせ山の麓から山頂までのタイムを競う。文字通りの対マン勝負だ。 麓までの移動は全員によるコンボイ走行で、俺はいかにもやりそうなヤツのマシンを見る。モトクロッサーや外車エンデューロレーサーが多いのだがなぜか皆ライトや外装がひどく割れている。 (訳は後で分かる)スタート順は俺のマシンが300ccで排気量が一番大きいため一番目に決まる。霧の中でのスタート、しかも対マン勝負いやでもアドレナリンが湧き上がる。スターターの合図でスタート!スタートで俺の相手だったRM250が一歩先へ出る。だがハンドル一本分インが開いているので強引にインへ進入して抜く。しかし、相手も負けてはいない。霧で前が良く見えない中で果敢に仕掛けてくる。

バトルも中盤になり、霧が少し晴れてきた。 突然俺の横をRMがすっ飛んでゆく。 「あっ!」と俺がおもった瞬間、RMは崖から落ちていった。 「やった!」これで勝負は決まったと思った。 安堵の気持ちで三つコーナー抜けるとなな、なんとヤツが前を走っている。崖から落ちてコースをショートカットする形でまた崖を登って来たのだった。 (なんだこいつ!) その後しばらくRMの後ろを走る事となり、RMの後輪から発射される石器の様な鋭く尖った石をたらふく貰ってしまった。 顔と胸に強い激痛が走る。 (ライト、ウインカー、F・フォークガード等、前面の外装は全部割れた) コース終盤になればストレートが多くなる。タイミングを見て抜き、抜いたと同時に相手にマシンをかぶせ半クラ使って全開アクセル・オン。バチバチバチ!という音の後、「ギャッ!」と叫び声がした。(お返しだ!) その後は排気量にモノをいわせ50メートル差でゴール。

ゴールで待っていた主催者達は信じられないといった感じの表情だった。 それもそのはず、俺の相手は当麻エンデューロの2年連続チャンピオン御幸アキラさんだった。(ゴールするまで全く相手の素性は知らなかった。) レース後、御幸さんとお互いの健闘を称えあう。その時の俺の額からは血が流れていた。                   

俺の人生で最高のバトルだ。

結局レースは霧の晴れた条件の良い時に間違って初心者と走ったベテラン・ライダーが優勝した。 (俺は3位) 俺は表彰式で「次回はもっと速いマシンで来る。」とライバル達に言い残し北海道を後にした。

翌年、XR630アルベーカースペシャルに乗り換えた俺にレース主催者からレース開催中止の知らせが入る。どうやらレースを許可した地元営林署が実際にレースを見て、あまりの凄さにビビってしまったらしい。これで日本でのヒルクライム・レースは露と消える事となった。

本当に残念だ。 (現在、真山は自衛隊専用道路のため一般車両通行禁止)

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