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2006年7月16日 (日)

峠のオフ車(奥多摩)

060717_09430001 やっとシートレールの修理が終った。最近、気合入れすぎてウィリーバー擦りすぎた。壊さない様にしなきゃな。では今日は懐かしい峠の話。 ’87年の峠ブームの頃、俺は東京青梅市の奥多摩有料道路 (当時は有料だった。)によく走りに行った。週末ともなればコーナーというコーナーがバイクで溢れかえる位、沢山のバイクが集まった。当時の俺は峠で知らないヤツとすぐにバトルできるのが非常に面白くてハマっていた。この時乗っていたマシンはホンダXL200R、200ccながら馬鹿に出来ない速さを持っていた。とにかく乗り易く開け易い全開マシンだった。俺はある夏の日曜日、友人と友人の仲間も入れて5人で奥多摩にバイクで走りに行った。純粋に走りだけを楽しむヤツは柳沢峠へ行き、自分の走りを他のヤツラに見せ付けたいヤツは奥多摩有料道路に来る。俺はミーハーだから人気のある奥多摩が好きだった。

各地の峠には大抵、馬鹿速いオフ車の噂があり奥多摩にも速いオフ車が何台かいてレーサーレプリカ・マシン相手にバトルしていると前から話は聞いていた。だがこの日ほどオフ車がその速さを周囲に見せ付けた日は無かったと思う。仲間達と一通り走った後、駐車場で休んでいると2台のオフ車が目に停まった。1台はDT200のフロント・タイヤに18インチのロードタイヤを履かせたスーパーバイカーズ仕様。もう1台はXLX250でタンクをトリコロール・カラーに塗ったマシン。二人とも皮ツナギを着ている。 (俺はオフロード・ウェア)2台はそれぞれが他の仲間達と来たらしく、向こうも俺の事が気になる様だった。俺がついに我慢出来なくなって一歩前に進むと向こうも我慢できずに俺に近づいて来た。俺達は自己紹介もせずにオフ車談議を始める。話をしてみるとお互いがオフ車で峠を走るのが大好きで、オフ車の隠れた性能に魅了された者同士だと分かった。普段、仲間内で自分だけがオフ車で走っていると言う。皆同じだった。「どう、一緒に走らない?」DT200が提案する。「いいねぇ。」全員意見が一致して3台でつるんで走る事にした。

登りはDTが先頭、真ん中は俺のXL、最後がXLX。下りはXLXが先頭、真ん中はやはりXLの俺、最後がDTだ。ギャラリー達が興味深そうに俺達を見守る中、何台ものレプリカ・マシンを掻き分けながら走り抜ける。DTとXLXはハングオン・スタイル、俺は足出しリーンアウトで攻め込む。俺達は周りの雰囲気を打ち消す様に異彩を放ちながらコーナーに入る。3台ともステップから火花を出してコーナーを抜けた。約1時間、沢山のレプリカ・マシンを飽きるだけブチ抜いた俺達は料金所脇の駐車場で休憩する。「なぁ、後ろから白バイ追って来てたの分かった?」DTの男が言う。「え、本当?」どうやら気が付かないのは俺だけの様だ。「まぁ、良いんじゃねぇの。」XLXの男がそう言って場を収めようとした時、DTの仲間の一人が近づいて来た。「おい、おまわりが呼んでるぞ。」見ると40歳代の白バイ警官が半ば呆れ顔でこっちを見ている。俺達3人は警官に呼ばれ近づいた。「おーっ、お前ら速すぎ!」警官の第一声がそれだった。警官は叱るのではなく俺達の速さがもったいないから警官になって白バイに乗れと盛んに進める。説教そっちのけで褒められると嬉しい。俺達がそらぞれの理由で警官になれない訳を知った警官は「そうかぁ、白バイ警官にはお前達なれないかぁ残念だなぁ。で、なんでキップ切って貰いたい?」と言う。「えっ。」俺達はてっきり勘弁して貰えると思っていたがそれはそれ、これはこれらしい。「じゃぁ、一番点数の低いヤツで。」俺は言った。「ん、通行区分違反ね。」全員警官に免許証を渡した。「しかし、汚い免許だなぁ。」俺以外の二人の免許証の裏は違反の経歴スタンプで真っ黒だった。俺達は違反キップを仲良く切られた後、それぞれの仲間達と共に別れた。キップを切られた事よりも自分と同じオフ車好きの仲間がいた事が嬉しい。その日は最高にハッピーだった。

あの頃は名前なんて要らなかった。自分達がこの世に存在して、バイクで走れたら仲間になった。そんな時代だった。決してそれが良いとは言わないが楽しかったことだけは鮮明に憶えている。ちょっぴり青臭い思い出だ。

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コメント

毎回、話し面白すぎっす^^

俺は80年代のバイクブーム頃はよく大垂水へ行ってましたよ
週末は仕事が終わってから明け方までずっと走ってました

名前も住んでる町も知らない、ただヘルメットとバイクだけ知ってる友達
初対面でもフィーリングあえば仲間でしたね

久々に懐かしい思いがこみ上げてきましたわ^^

投稿: いせさん | 2006年7月17日 (月) 00時44分

書いてる時は夢中ですが、書き終わって文章を見直す時は懐かしさで胸がいっぱいになりました。これからもご声援ください。頑張ります。

投稿: ピーキー | 2006年7月17日 (月) 10時03分

奥多摩懐かしいです
といっても俺の場合はせいぜい4~5年ほど前の懐かしさですが
その頃は奥多摩いってもそんなにバイクであふれてはいませんでした(居ないわけではありませんが)
当時の俺はバイクはやってません
その時の仕事の同僚の単車(VFRとTW)の後ろ乗せてもらって数回ほど行った程度ですけど
それが今の俺の原点なのかもしれませんね

投稿: 葛葉@どうでしょうカブ | 2006年7月17日 (月) 11時02分

あの頃は奥多摩、大垂水、多摩湖などバイクでいっぱいでした。昼と夜で走った感じが全く違い、昼は奥多摩が夜は大垂水と多摩湖が好きでした。何年か前に行ったら二輪全面通行禁止になってましたが・・・。奥多摩はまだ走れるのを聞いて安心しました。いつかまた走りたいです。

投稿: ピーキー | 2006年7月17日 (月) 15時32分

あの頃の蔵王でも同じ状態でしたよ。
早朝の宮城側には、TZ250とかNSR250のレーサーが走ってたりして(笑)
朝練して、そのまま菅生で走ってるようでした。
幸い蔵王は二輪通行禁止にはなりませんでしたが、あちこち規制がしかれましたよね。まぁ、あれだけ事故が続けば仕方の無い事かとは思いますが。

毎回の凄い内容で、毎日楽しみにしております。
この内容をまとめて本に出来るでしょうね。

投稿: ヌノ | 2006年7月17日 (月) 22時18分

ほぼ100%実体験で構成されているこのブログが本になったら俺はバイク界の安部譲二ですね。う~ん微妙。

投稿: ピーキー | 2006年7月18日 (火) 00時21分

そんな時代に生まれたかったです(~_~;)

投稿: 19のWR乗り | 2014年1月16日 (木) 23時13分

読んでいて引き込まれる内容でした!
近年はビッグオフが大いに売れたり、大阪城でFMXが開催されたり、と多少の兆しが見られますね。
ドラマなんかで次世代にモーターサイクルの楽しさをトレンド化出来ればいいのになぁと思いました。

投稿: | 2015年2月 5日 (木) 15時42分

名無しさん、コメントありがとうございます。

本当は最新記事の方にコメントを入れるのですが、古い記事はこちらに返事を書きました。

今、俺がハマッているのは冬カブです。

市販のスパイクタイヤと特注スパイクタイヤの組み合わせでとんでもないスピードで雪道を走ります。

雪道でバイクは速く走れないという常識を俺が覆しました。

年々、仲間が増えて今シーズンは13台で冬の田沢湖ツーリングしています。

カブ(WAVE110i)で雪道を走るとこんな感じです。https://www.youtube.com/watch?v=7rLblMCqBbc

投稿: ピーキー | 2015年2月 5日 (木) 16時43分

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