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2008年1月17日 (木)

ワルの街

桜華さん、コメント有難う御座います。

今、風邪をひいて死にそうです。

という訳で、今日の記事はとんでもなくなる可能性大。

俺が東京多摩地区にいた頃、(80年代後半、バブル真っ盛り。)ここは俺にとって最高に居心地が良かったところだった。

なんでも新撰組の主だったメンバー達は皆この辺の出身なんだそうで、昔は暗闇祭りなる行事があって、その日の夜に家から出た女はどんな目に遭っても仕方が無い事とか。

とにかく、家の中以外は放火と殺しを除いて全てOKだったそうです。(メチャクチャだ。)

当時、新撰組が恐れられたのは暗闇祭りで鍛えられた若者が多かったからかも知れない。「大義名分があれば、いつでも俺達は人を斬れる。」まるで007ジェームズ・ボンドの殺しのライセンスみたいにね。

多摩地区はワルが多い。ビーバップハイスクールの戸塚高校のモデルになった高校もあって、有名な『鼻鉛筆事件』や『ボンタン狩り』も実際にあった事らしい。

60年代に流行った番長マンガは、ここいらの日常にあった喧嘩がベースだったそうで、多摩川の畔で中学生や高校生達が大勢で抗争とかもよくあって、地元・悪ガキの巣窟状態。

番長?暴走族?ヤクザ?俺が今まで見た事なかった生き物が普通に道を歩いてた。

立川駅前の回る寿司で飯を食ってたら、地回りヤクザが十手持って「何にも起こってねぇだろうな?」と岡引みたいに繁華街を警護していた。

俺のモトクロスの師匠も学生の頃は地元で有名な番長だったらしく、(本人ではなく、地元の人に聞いた。)地元の悪童を束ねてた。師匠は喧嘩も強く、運動神経は抜群。マラソンでは国体レベルの速さを誇り、バイクに乗ればヤマハに実力を買われワークスレーサーになった。しかし、昔の手下だった者達はそのまんま地元でヤクザになり、幹部や組長になるとタメ口を叩く様になったとか。(無理もない。)

俺が朝早くモトクロスの練習しに行くとよく暴走族の朝帰りに遭遇した。一見、怖いモン無しに見える彼らだが、横田基地の米兵は苦手。だってそうだろ、相手は戦闘のプロだもの。

過去に女連れの米兵が乗ったクルマに絡んだヤツがいて、怒った米兵にクルマで轢かれた上にボコられた。虫の息の馬鹿を横目に米兵は悠々基地に帰ってお仕舞いさ。

街は夜にもなると、今で言うDQNな輩でいっぱいだったよ。(現在は分からない。)

時間の流れを忘れさせてくれるドリームランドでした。

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コメント

あの、自分は国分寺育ちで、最寄り駅は国立か、立川でした。80年代前半にバイクに乗りたくて親を勘当して飛び出してしまったのですが、、。
晩生だったので、多摩地区のアンダーワールドについてはトンと疎いのですが、ピーキーさんと同じ街を歩いていたかと思うと感慨深いものがあります。

投稿: ババ | 2008年1月17日 (木) 22時30分

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