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2010年10月15日 (金)

落合博光伝説

地元出身の有名人に中日ドラゴンズの落合博光監督がいる。

この人が地元に残した伝説をちょっとだけ紹介します。

落合監督が中学生だった時の話。

野球部に所属していた落合少年は、その日行われる試合を前に憤慨していた。

お隣の中学から試合の為にやってきた野球部のメンバーから「お前のとこのグランドは狭いなぁ!」と馬鹿されたからだ。

その言葉を聞いた瞬間、落合少年はこう叫んだ。

「そんなに狭いならお前らは今日の試合で何本ホームランを打てるんだ!」

この日の試合で落合少年はホームラン2本を打ち、相手チームは0本に終わった。


落合少年は練習嫌いであった。

おそらく中学生レベルの試合では練習しなくても大丈夫という自信があったのだろうし、事実でそうであった。

練習に出なくても試合に出れる落合少年の事を良く思わない父兄から野球部監督にクレームが出た。

「なんでうちの子は毎日練習してるのに試合に出れないで、ちっとも練習に来ない落合君を試合に出すのか?」

この問いに監督はこう答えたという。

「落合が出ると勝てるからだ!監督が勝つ事を考えないで誰が考える!」

この一言で父兄は黙り込んだ。


落合さんは大学に進学して野球部に入った。

そしてすぐに退部し大学も辞めてしまう。

自分よりも遥かに下手くそな先輩方が威張り散らしているのを我慢できなかったからだ。

その後、落合さんは当時流行していたボーリングのプロを目指して地元のボーリング場で働く。

しかし、ボーリングブームが終わるとプロボーラーへの道に見切りをつけて、プロ野球選手になる為に入団テストを受け合格する。

あらよあれよという間に一流選手と言われる様になった。

地元では落合選手の後援会が組織され、我が故郷のヒーローを応援するべく落合選手に会いに行った。

落合選手は会いに来た後援会の人達にこう言った。

「もう来ないでくれ!」

プロボーラーを目指していた時代に散々自分を馬鹿にしていた奴らが、自分が有名になった途端に手のひらを返した様に近づいてきたと思ったらしい。

現在ではそれほど酷くはないが、当時の地元では努力して全国に認められようと頑張る人を『えふりこき』つまり良いカッコしいと馬鹿にして軽蔑する傾向があった。

落合選手もかなり嫌な思いをしたのだろう。

こんな苦労も天才だからこそ。

落合さんが地元を捨てて30年。地元の英雄は今も戦っている。

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コメント

落合監督が現役選手時代は、
パ・リーグを代表する4番バッターの落合、石井の二人が、
八郎潟を挟んで、両側出身だってんで、秋田県民としては誇りに思ってましたなぁ。
して、その二人の性格は正反対。
天才タイプと、努力タイプ。
秋田を離れた人間と、秋田で政に出馬した人間。
鬼嫁と続いてる人間と、美人と別れた人間
こんなに違うタイプの二人なのに、
二人とも、現
役最後をジャイアンツで終えてるんすよね。
結局、秋田県民ったら、巨人でなきゃダメなのかな。

投稿: マキオ | 2010年10月15日 (金) 20時28分

長旅、お疲れ様です。

落合は、アウトローですよね。
バイク乗ってたらどうなりましたかね。
天才レーサー?MCのボス?
白バイだけには乗ってほしくねーな(笑)

投稿: たかはし | 2010年10月15日 (金) 21時26分

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