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2013年11月17日 (日)

かつて限定解除は勇者の証だった。

大型自動二輪が限定解除試験でしか取得できなかった時代、見事に合格した人は勇者扱いだった。

越えたくても越えられなかった壁をやっとの思いで超えた者だけに、限定解除って言葉が与えられた。

そしてそれは、やっと一人前のライダーと認められた証でもあった。

「今の人は教習所で大型自動二輪免許を取っても、それを限定解除っていう。」

冗談じゃない。

お前達がものを知らないのを黙ってみていろというのか?

人間ってのはなぁ、「自分が正しい。
間違ってない。」と思えば戦争でもなんでもやっちゃう生き物なんだぞ。

俺の祖父は太平洋戦争において一兵卒で天皇陛下から勲章を頂いた英雄だったんだ。

その祖父にしたって、「自分達が正しい。」と信じたからこそ戦えた。

俺も自分が正しいと思えば、それを曲げる事はない。

事実、限定解除はかつての試験場で取得した免許とネットでもちゃんと書いているのにも関わらず、「今の人とは認識が違う。」ときてる。

馬鹿か?

だからゆとりって言われるんだお前達は。

再三言うが、限定解除と教習所免許は全く別物。

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コメント

ピーキー様
はじめまして、長後街道と申します。
以前から拝見させていただいておりました、隠れファンの一人です。
今回、筆さんのブログを見て飛んできました。
私は大型も乗っておりましたが、教習所免許です。

過去何年も試験場へ出向き10回完走しましたが
その都度奈落へ突き落とされました。
勤めていた会社の休暇も使い果たし欠勤が付きました。
だめでした。
友人たちは早い者で3回、遅くても15回で受かりました。
試験場が主催する講習も何度か受け挑みました。
あまりの緊張に力が出せなかったのでしょうか
センスがないのか・・・
途方に暮れていたとき教習所で取れると聞き通いましたが
心の底で少し後ろめたい気持ちもありました。

三ない運動真っ盛り世代のいう限定解除
それは、雲の上の存在。特別の響き。

専門誌は毎号その攻略を載せ、むさぼるように読みました。
店や峠で出会う大型ライダー達に声を掛け指南を受けました、
集まればいつもその話で持ちきりでした。

教習所では最短でもらえましたがすっきりしません。
わたしにとっては免許を金で買ったのと同じでした。
でも、誇りはお金では買えません。
正直、心の隅に引っ掛かってます

誰にも話せなかったことですがピーキーさんに聞いて欲しかった。いきなりブログに書かれても困りますよね、でも限定解除という特別のことをわかってらっしゃるから・・・

中免は16のとき試験場でとりました、3回でした。
当時は少し天狗になっていたのかもしれませんが大型はまったく別物、高校のときから30うん才まで挑戦しました。

ある雨の日、完走しました。
受かる自信がありました、達成感で半泣きでした。
一人隠れてガッツポーズをとりました。

私の後に受けた女性
受ける前に書類の入ったファイルを官に渡してました
初心者丸出し、危なっかしい走りの女性。
残念だけど次回がんばれ!そう思って見てました。
なぜか完走?うそ!なぜ降ろさない!!
結果
私が落ち、彼女が受かりました。
秘密はファイルにありました
試験場の天下り先が開いた練習場の書類でした。
気づかなかったほうが幸せでした
私の永かった試験場通いは終わりました。

書いていると忘れていた記憶が蘇ります
確かに最近またバイク事故が増えてきてますね。
ピーキーさんの仰ること判ります。
私は自他共に認めるへたっぴなのですが
自覚しているからでしょうか、何とかこの歳まで乗れてます。

そちらは熱い方が多いですね
釘を刺す人間も必要です。
膝を突き合わせてお話出来たらどんなに楽しいでしょう。
長々と失礼しました
世の中にはこんな人間もいるということでご勘弁ください。

投稿: 長後街道 | 2013年11月17日 (日) 11時45分

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