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2014年11月 3日 (月)

サイコパスになれなかった話

ゆうじさん、コメントありがとうございます。

いやぁ~、ゆうじさんは良いネタ振りしてくれて助かります。

この調子で宜しくお願いしますね。


てな訳で、俺がサイコパスになれなかった話です。

高校卒業後、モトクロスのチャンピオン目指して東京のモトクロスチームに所属した。

しかし、現実は甘くなく、才能溢れる奴らが凌ぎを削る世界で自分の実力のなさを悲観して地元に帰ったのが21歳の時。

田舎に帰ってしばらくすると、環境の変化でノイローゼになりました。

毎日、仲間とバカやって騒いで、めちゃくちゃやるほど女にも男にもモテたバブル時代。

俺はお調子者だったから一目置かれて調子に乗ってた。

それが田舎のあまりの静けさに情緒不安定になり怖くはなって、夜に全然眠れず本当におかしくなってた。

終いには世界中の人間が敵に思えて、「人を殺したい。」と思う様になった。

祖父母や両親に、「俺は人を殺したい。」と泣きながら相談したほどだ。

祖父から、「そんなに人が殺したいなら俺を殺せ。」と言われ、家族から病院に連れてかれて即検査。

精神科の医者から、「環境の違いからくるノイローゼですね。 お薬沢山飲めば治りますよ。」と睡眠導入剤と精神安定剤を山ほど処方された。

薬を飲んでも症状はよくならず、街中で喧嘩相手を探してうろつく毎日でした。

ある時、久しぶりに会った友人とナンパしに行った際に地元の暴走族とトラブルになり、翌日は喧嘩を売った奴のクルマを捜し出し金属バットで大破させてきた。

知り合いに情報屋みたいな奴がいて、大破させたクルマが派手なバニングカーだったからすぐに何処の誰かが分かったんだ。

その次の日だったか数日後だったか忘れたが、40人ほどの暴走族が実家に押し寄せたが、ダンプカーで轢き殺そうとして失敗。

蜘蛛の子を散らす様に逃げたよ。

その日の晩から標的は、俺に喧嘩を売った本人のみに決めて2週間そいつの自宅に通いつめた。

そいつは一ヶ月ほど行方不明だったらしい。

そんな時に空手道場の師範に呼び出された。

俺に喧嘩を売った奴はその師範の親戚で、「本人も反省しているから勘弁してほしい。」って話だった。

その師範には世話になってたんで許すことに。

それでも何か納得できなかった俺は暴走族狩りを始める。

ギャランVR-4、ハイラックス・トラック、三菱フォルテ・トラックの3台を使い、マッドマックスみたいに暴走族を襲い、気が済んだら眠る日々。

あまりの破天荒な生活ぶりに俺の兄貴分のバイク屋社長がやって来て、「そんなにエネルギーをもて余してるならレースをやれ。」と俺をもう一度モトクロスの世界に戻した。

それからの俺はモトクロスと林道走りに目覚め、公道ではオフロードバイクでロードバイクとバトルすることで少しずつ元の自分を取り戻していく。

しかし、モトクロスレース中の怪我が元で引退。

また、おかしくなって暴走族狩りをやる様になる。

ある日、暴走族の一人をバットで殴り、危うく殺すとこだった。

この時の『人を殺した。』という恐怖は今でも忘れない。

本当に怖かったよ。

「人を殺すってことがこんなに怖いことなんて知らなかった。」

幸い俺に殴られた奴は意識が戻り無事退院。

後で分かったが、こいつ前に俺のギャランに轢かれて田んぼに落とされた奴だった。

「なんでうちの息子ばっかり狙うの!」って相手の母親から怒られたっけ。

こんなことがあって以来、人殺しは恐ろしいことと認識して大人しくしてます。

俺に人殺しは絶対無理!

あんな怖い思いをするなら逃げた方が100倍マシです。

バイクやクルマでバトルが平和で最高。

平和が一番です。

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