2012年12月 1日 (土)

スポーツ選手の引き際

オダズマンさん、コメントありがとうございます。

セローは本当に良いバイクです。

カブに乗る様になって初めてセローの素晴らしさが分かりました。

1台欲しくなりますね。


キング・カズこと三浦知良選手が今年一年のコメントで、「今年は活躍できなかった。」と言って、シーズンオフのトレーニングに集中して来年につなげる姿勢をマスコミに見せた。

現役最年長選手はどこまでもアグレッシブだね。

俺のモトクロスの師匠は元全日本チャンピオンで、その弟さんも元全日本チャンピオン。

弟さんは、「俺は兄貴と違うから‥」とまだまだ活躍できる内に引退し、モトクロス選手の育成に取り組んだ。

師匠の方は、予選落ちする様になっても、「まだやれると自分が思っている内は現役を続ける。」と自分の息子と同じくらいの若い選手を相手に闘った。

アナタはどっちが格好いいと思いますか?

人それぞれの考え方や生き方があり、どう受け止めるかも同様に人それぞれ。

芸能界でいうと、山口百恵さんみたいに若くして引退し、伝説のアイドルになるのが良いのか。

また、美空ひばりさんみたいに死ぬまで歌い上げて伝説の歌手になるのが良いのか。

どっちも格好いいと思いませんか。

そんな努力で栄光を築き上げた人に対して、何かの世界で一流はおろかプロにもなれない様な輩がネットで批判して良いものだろうか?

努力している人には1にも2にも、「頑張ってください、応援してます。」だろう。

アナタは応援する人ですか?

それともこき下ろす人ですか?

俺は応援する側です。

まぁね、81歳で主演映画を撮っちゃう高倉健さんみたいな人は怪物(良い意味で)ですが…

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2012年3月28日 (水)

進撃の巨人軍

桜華さん、筆おやじさん、コメントありがとうございます。

頑張っている猫ひろしさんを応援するのが自然ですよね。

頑張っている人を批判するのは、島国日本の特徴なのかも‥

俗に言う、『島国根性』なんでしょうね。

オーナーの暴言で何かと騒がれる読売巨人軍。

はっきり俺が言ってやる!(なぜか強気。)

どんなにえらそうにしてたって、他の球団の何倍もお金を使って日本一やましてやリーグ優勝にもなれないんじゃ弱小球団だよね。

バイクに例えたら200馬力のマシンで100馬力以下のマシンにぶっちぎられたと同じ。

または、何億円もするワークスマシンで、市販レーサーにかなわないヘボライダー?

いずれにせよ監督の原さんが、「今年は優勝します!」と宣言した以上、出来ない時は宗教的ファン以外は見捨てられるね。

もう戦後じゃないから、今更ベースボールだよと平成生まれの人は思ってるよ。

そう言う意味では、昭和を象徴するスポーツ、野球しかも栄光を極めた巨人軍には頑張ってもらわないといけない。

昭和生まれの野球を好きでも嫌いでもない一人のおっさんは思うのであった…


ファイト!巨人軍。

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2010年10月15日 (金)

落合博光伝説

地元出身の有名人に中日ドラゴンズの落合博光監督がいる。

この人が地元に残した伝説をちょっとだけ紹介します。

落合監督が中学生だった時の話。

野球部に所属していた落合少年は、その日行われる試合を前に憤慨していた。

お隣の中学から試合の為にやってきた野球部のメンバーから「お前のとこのグランドは狭いなぁ!」と馬鹿されたからだ。

その言葉を聞いた瞬間、落合少年はこう叫んだ。

「そんなに狭いならお前らは今日の試合で何本ホームランを打てるんだ!」

この日の試合で落合少年はホームラン2本を打ち、相手チームは0本に終わった。


落合少年は練習嫌いであった。

おそらく中学生レベルの試合では練習しなくても大丈夫という自信があったのだろうし、事実でそうであった。

練習に出なくても試合に出れる落合少年の事を良く思わない父兄から野球部監督にクレームが出た。

「なんでうちの子は毎日練習してるのに試合に出れないで、ちっとも練習に来ない落合君を試合に出すのか?」

この問いに監督はこう答えたという。

「落合が出ると勝てるからだ!監督が勝つ事を考えないで誰が考える!」

この一言で父兄は黙り込んだ。


落合さんは大学に進学して野球部に入った。

そしてすぐに退部し大学も辞めてしまう。

自分よりも遥かに下手くそな先輩方が威張り散らしているのを我慢できなかったからだ。

その後、落合さんは当時流行していたボーリングのプロを目指して地元のボーリング場で働く。

しかし、ボーリングブームが終わるとプロボーラーへの道に見切りをつけて、プロ野球選手になる為に入団テストを受け合格する。

あらよあれよという間に一流選手と言われる様になった。

地元では落合選手の後援会が組織され、我が故郷のヒーローを応援するべく落合選手に会いに行った。

落合選手は会いに来た後援会の人達にこう言った。

「もう来ないでくれ!」

プロボーラーを目指していた時代に散々自分を馬鹿にしていた奴らが、自分が有名になった途端に手のひらを返した様に近づいてきたと思ったらしい。

現在ではそれほど酷くはないが、当時の地元では努力して全国に認められようと頑張る人を『えふりこき』つまり良いカッコしいと馬鹿にして軽蔑する傾向があった。

落合選手もかなり嫌な思いをしたのだろう。

こんな苦労も天才だからこそ。

落合さんが地元を捨てて30年。地元の英雄は今も戦っている。

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2009年9月 4日 (金)

スーパーカブ110・WAVE110iの改造方法(結果報告)

WAVE110i購入から3ヶ月、新横型エンジン(スーパーカブ110・WAVE110i・CZ-i110)の健康的(壊さない)なチューンナップ方法が見えてきた。

新横型エンジンは点火系を改善した方が有効なのだ。

俺の施した改良はこの3つ。

デンソーの沿面スパークプラグ(キタコ取り扱い)、プラズマブースター(モンキー用ステージ2)、ASウオタニのパワーコイル。

沿面プラグは馬鹿みたいに飛ばす俺用に熱価を10番に上げている。最高速アップに効果大。

プラズマブースターは点火火花の量を倍にする為の後付装置。加速と最高速アップに効果がある。

ASウオタニのパワーコイルはスパークプラグの点火火花の電圧を通常2万ボルトから4万ボルトに引き揚げる点火コイル。ノーマル点火コイルと交換で加速アップと負荷の掛かった走りの際に効果絶大。

勿論、パワーアップを見越してギア比変更ありの話。

俺のウェーブはドライブ・スプロケットを14Tから16Tに上げている。若干、最高速仕様だがね。(時速100キロからは前傾姿勢が必要。)

平地での最高速は時速123キロ(メーター読み)、下り坂で時速137キロ。

カブ110はウェーブよりも2馬力ほどパワーが低いので、これらの改良を施したとしても時速110キロが大台って感じだろうね。

聞く所によると、カブ110はエアクリーナーボックスとマフラーでかなりパワーを絞ってあるとか。

もしかすればそれにECUも別物かも知れないそうだ。

そんなカブ110オーナーに朗報。

BRDビトッチさんのショップでノーマル・マフラーを1万円で改良してくれるそうだ。

静かで速いノーマル然のマフラーがカッコ良すぎるぜ。

吸気効率の良いエアクリーナーの方もビトッチさんが開発中だとか。

これでECUの謎も解明してくれたらウェーブ並みの速さも可能だろう。

俺が今考えているチューンナップはタイヤ選択での性能アップ。

Photo前後を極細タイヤにして路面抵抗を減らし、最高速アップと軽快感を向上させる。

ってのは嘘。

余りモンのタイヤを使っただけ。

本当は減りの少ない業務用カブタイヤ(ブリジストン・EXEDRA G556 リア専用のプレスカブ純正品)に交換するまでの時間稼ぎ。

パワーが出た分、減らないタイヤにしないと値段の安いカブ用タイヤとはいえ交換が面倒だ。

噂によるとこの業務用タイヤは、減って交換よりも長い年月による劣化で交換するケースが多いんだとか。

このタイヤは50ccよりも100ccクラス向きか。

硬めのコンパウンドで雨の日にちょっとナーバスになる(特にブーレーキングで)らしいが、雪道の練習と思えばそれも楽しい。

ここで結論。

「カブ110は点火系を攻めろ!タイヤは業務用だ!」

俺からの報告は以上です。

ほんじゃまた。

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2007年3月30日 (金)

忍者ピッチャー

ゲロッパ!ピーキーで~す。
昨日は田んぼの稲の種を消毒する準備で何にも出来なかったよ。CBR600も連日のウィリー鍛錬で、汚れてるはタイヤはバーストするはで傷みが目立ってきた。今日、暇を見つけて (いつも暇だろ!ってツッコまないでくれ。)トレンポとCBRを洗車してからトランポは夏タイヤに、CBRはおニューのタイヤに交換だ。夕方までに作業を完了できたら鍛錬するつもりでいる。天気が気にかかるがこればっかりはどうにもならないからね。やれる事だけはキッチリやりたいと思う。

昨日の「メイドさんは名コーチ?」は好評みたいだね。バイクの話が最近少ないと思うかもしれないが、毎日ブログを更新してるとネタも尽きてくるから仕方がないよ。だから雑学オタク話に逃げてると思ってもらっても構わない。 (ホントの事だから…)今日はある野球選手の話をしよう。俺は野球が大嫌い。何故なら俺の親父が若い頃に野球が上手過ぎたから。 (草野球では4番でキャッチャー。遠投100mオーバーの鉄砲肩だった。)それに比べて息子の俺は運動オンチだったから余計に野球を避けていたのさ。そんな野球嫌いの俺が一人だけ「コイツは凄い。」と思う選手がいる。読売巨人軍からメジャーリーガーを目指してアメリカに渡った桑田真澄投手だ。俺に言わせてもらえば桑田選手はズバリ「忍者」。長年の経験と研究。そして不慮の怪我をきっかけに、「勝つ為に使えるモノは何でも使う。」その貪欲な精神。ほとんどやってる事が「忍者」にちかいのだ。

桑田選手は、高校時代PL学園で名門の投手術なるノウハウを監督や先輩達に仕込まれ、一年生から実力を見込まれてエースとして活躍した。17歳で巨人軍入りした時に「高校レベルの野球では通用しない。」と、逸早く自分の投手術にプロで勝つための必要な情報を取り入れて修正し、その後成功を収めたのだった。しかし、試合中の不慮の怪我 (投手の命、利き腕肘のじん帯を損傷。)で今までの様に力でのゴリ押しでは勝負できなくなってしまったのだ。それからが桑田投手の凄いところ。勝つ為のあらゆる手段を模索してどんな事にもチャレンジした。最も有名なのが古武術を取り入れた新しいピッチング。古武術では人間本来の持つ力を十分に生かす動作が用いられる。 (通常の動作よりも力が出せる。)その他にも自分の動きを相手に読ませない術などがあり、それを桑田選手はピッチングに利用しようと考えたのだ。また、心理戦でもバッターの考えを読み、自分の考えを相手に伝えない為の研究を行った。 (元巨人軍の元木大介さんはあるテレビ番組で、「桑田選手は、セミを素手で捕まえる時に不思議な技を使う。」と語った。この話を聞いた司会者や他の出演者は笑っていたが、現場で見ていた元木さんだけはその技の深い意味を理解していたと思う。)

桑田選手は、忍者が戦国の世で生き残る為に行っていた事を現代で再現しようとしたのだった。バッターを惑わせる為の罠を仕掛けるピッチングやバッターに打つタイミングを取らせないピッチング。そしてバッターの考えを読む読心術で新しいピッチングを生み出そうとしている。ここ数年、桑田選手の成績が揮わないのは、まだそのピッチングが完成途中のせいだろう。桑田選手は、「このまま巨人にいては新しいピッチングは完成しない。」と考えて、メジャーリーグをその完成の場に選んだのではないか。

生涯かけて自分の理想とするピッチングを追いかけるなんてカッコイイと思わない?もし完成すれば偉業だよ。 将来、桑田選手が現役を引退して巨人軍の監督になる時がきたら俺は狂信的な巨人ファンになる。桑田巨人軍忍者部隊のね。

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2006年7月 3日 (月)

’93-’94鈴鹿スーパーバイカーズ

俺は所属しているクラブが二つあって、一つはデルタスクエア(エキストリーム・バイクチーム)もう一つは無頼(アウトロー系チーム)。この無頼の会長から「ブログ作れ!」って言われて GO!GO!マッド・ライダーを書く事になった。その会長のリクエストで’93-’94スーパーバイカーズ イン スズカ(当時このインってつけるのが流行った。今聞くとカッコ悪!)の話を・・・。

スーパーバイカーズ現在ではモタードと言うけど、簡単に説明すると色々なジャンルのライダーの中で一番速いヤツは誰だ!決定戦なわけよ。このレースは冬のレースシーズン・オフに主に開催されていて、俺は自分の家業が始まる春まで参加してた。

何せこのレースは日本で始めての本格スーパーバイカーズとあって、参加するメンバーも一癖も二癖もある様な海千山千のライダーが勢揃いしたロード・モトクロスのチャンピオン&ワークスレーサー、全日本級のレーサー、トライアル世界チャンピオンになったフジガスも国際A級昇格前に出てたはず(後になってリザルトを見て分かった)。あと、シングルレース世界チャンピオンになった箕田選手とか、忘れちゃならないのが元スズキワークスレーサーのオフ車使いOFFレーシングの木村夏也さん(サーキットでロードバイクにXR600改で挑戦して勝っちゃう凄いオヤジ)。その他とにかく凄いヤツが集まった。

当時の俺は公道バトル専門で自分を高めるために、自分より速い者と走る必要を感じていた。それでこのレースに出場した訳さ。しかし、出場するためには秋田から鈴鹿まで雪道1200キロ・ラリーをイヤでもしないとダメだからレース前の車検受付締め切りギリギリに鈴鹿サーキットに到着することも多かった。

俺はレースに勝つために(本気でした。今考えるとクレージーです。)主催者にコース・レイアウト、ダートの土質(粘土質の土に玉砂利を敷いている)を聞いて、普段の林道最高速アタッカー仕様のXR630アルベーカー改660で出る事にした。 (第2回からはCR250)第1回大会は2ヒート制で1ヒート目に3位で走ってたら、周回遅れの馬鹿野郎たちが青旗無視。仕舞いにはヘアピン前で横一列に並んだせいで、危うく大クラッシュ寸前に自分から転倒した。おかげで俺の中の外道の血が騒いだ。やってやる!!!!!

俺は昔から卑怯な方法でレースに勝ってきた。 (実力のなさをカバーするため)エグイ走りは得意だぜ。2ヒート目は最後尾スタート、シグナルブルーになると一旦コース外に出てスタートで混み合うライバルたちを尻目にコース外側からトップグループに割り込んだ。そして7位でゴール。レース後色んな人から「あんた何者?」「いつも何処で練習してるの?」「あんたのマシン、俺のKX500より速いけど何処イジってるの?」と質問攻め。俺も淡々と答える。「走り屋です。」「峠と林道。」「アメリカからアルベーカー・スペシャルのXR引っ張って来て、さらに大金かけてパワーアップさせました。」俺が真剣に答えるたびに皆呆れ顔なった。

あ、そうそう俺が転倒する原因になったヤツラだけど、 (某有名ショップチーム、去年日光サーキットの便所で12年ぶりにあったら顔が引きつってた。)第2回大会からずっと俺にわざとコースの外にブッ飛ばされて怪我する事になった。 (凄い簡単な方法で皆飛んでゆく、やり方は教えない。この方法で自分がやられるとイヤだから。)筑波のターミネーターズの時も、そこのチーム員が周回遅れでまた邪魔したからレース中にそいつを蹴ってやった。 (さすがに当ててはいないが、実況MCには大ウケ。)

全くの人でなしレーサーぶりである。レースの時の俺ときたら最低です。モトクロスでもレース中にトラップを仕掛ける場所を決めて、 (主にコース下見の時)ライバルが迫ってきたらひたすらブロック。そして決めた場所に来たら崖から落とす。 (やり方は教えない、ばれると後が怖いから)スタート直後に前を走っているヤツが転倒して巻き添えをくった時なんか、偶然そいつが俺のマシンの前後輪の間にスッポリはまったのをいいことに、そいつの背中の上で全開バーンナウト!(レース後、我に返って土下座して謝りました。) ゴール前ラスト一周で2位のヤツに抜かれると、わざとマシンをぶつけて転倒させて先に再スタートをしてトップでゴールに飛び込んで優勝したり。 (昇格したら通用しなくなったが。)

鬼畜です。思い出してみれば俺のスポーツ歴は鬼畜そのものだ。小学校の時、サッカー地区大会でレッドカードもらって退場になったし、高校の時は空手の県大会で2秒反則負けの非公認記録もある。あー、また書いてて死にたくなってきた。 (人一倍、死ぬのが怖いくせに。)

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