2006年7月31日 (月)

俺は恐怖で狂いそうだ。

このブログを見ている皆さんにまた信じられない話をしなくてはならなくなった。今回も真面目な話だから嘘だとに思わないでくれ。先週の23日のGIGの公式練習でヒートアップし過ぎて練習後、激しい鬱状態になった事はブログに書いたからご存知だと思う。今思えばその時すでに異変は始まっていたはずだ。昨日、6日ぶりに練習して俺は絶句してしまった。今までに体得したトリック全てが出来なくなっていたからだ。多分、鬱状態の時に俺の意思とは別に脳がエキストリーム・バイクのテクニックを危険と判断したのか?トリックする為に完成した運動神経ユニットを勝手に削除してしまった。現在の俺は何一つ出来ない只の人だ。前にも似たような事はあったがこれ程酷いのは初めてだ。GIG本番当日まで2ヶ月を切っている。俺の全身は元に戻れるか不安と未知の恐ろしさで満ちている。今までの努力は何の為なのか自分が情けない。バイクに夢中で生きてきた俺に対する仕打ちか。冗談なら止めてくれ!

このブログを楽しみにしている皆さんには申し訳ないがエキストリーム・バイクに集中したいのでしばらくこのブログを書くのを中止します。俺がブログで書いてはいけない事を書いている報いなのか?どうでもいいから俺からこれ以上何かを奪わないでくれお願いだ。

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2006年7月28日 (金)

サムライダーズ

Imgexcessive_0034 Imgexcessive_0035 俺は剣豪の物語をよく読む。読むといってもほとんどがコミックだ。原作者の思想に漫画家の解釈が加わり、刀を使って効率良く敵を倒す為にはどんな努力をし、どんな方法を編み出し、その結果どうなったかを絵にして読者に伝える。親父の俺には人生の教本です。侍と言えば俺が高校生の頃、片山敬済氏 (ロードレース元世界チャンピオン)が「俺だけの2輪テクニック」という本を書いた。その本の始めに自分はこんなテクニック本は出したくないが沢山のライダーの命を救う為に出した。いずれバイク版、「五輪書 」(ゴリンノショ・剣豪宮本武蔵の書いた剣術と兵法の教本)様な本を出したい。と書かれていた。それから10年、「片山葉隠 臆病者に与える書」を出版する。葉隠とは「武士道とは死ぬ事と見つけたり」で有名な武士の心構えを説いた書だ。この本には技術的な事は何一つ書いてない。ただひたすらに自分の体験で得たライダーとして必要な心構えを書いてある。俺はバイクが恐ろしくて恐ろしくて堪らない時期にこの本に出会い本当に救われた。この有言実行の元世界チャンピオンには今も感謝している。本当にありがとうございました。

俺は今、片山敬済氏の言葉を使ってライダーの心構えがどうとか何て言うつもりは更々ない。俺は心も身体も技も未熟者の代表だからとても恐れ多くてそんな事出来る訳がない。俺が言える事はどの世界でも身を粉にする様に努力をしないと何も生まれないし何も得る事は無い。また同じ量努力しても志があるとないとでは結果が全く違う。俺は今まで生きてきてやっとこの事だけは理解した。昔の剣豪はとにかく修行したそうだ。俺の周りにも、とにかく修行 (練習)に励む男達がいる。一番身近では俺の所属しているエキストリーム・バイクチームのリーダー、34 (サーティフォー)がそうだ。彼は約半年間、雪の為に練習出来ない状況で国内トップクラスのライダーに追い着こうと必死に頑張っている。彼の日々の努力を俺は尊敬している。彼は俺より年下だが実力重視の世界で生きる俺には関係ない。自分に何が足りないか、日夜彼から学ぶのみだ。

俺も34も今年になってウィリーサークルが出来る様になった。初めに彼が出来る様になったのだが、彼はGSX750Rで1周回る為に半年以上掛かった。俺は彼の回るのを見てオフ車の軽さも手伝ってすぐに出来た。しかし、同じウィリーサークルでも完成度がまるで違う。34はサークルを簡単そうにこなしている。上手な人と下手な人の技を比較すると上手い人程簡単そうにやってしまう。なぜ上手い人が簡単そうにやって見えるか考えた事はあるかい?それは全ての身体の動きが同時進行に動いていて、1拍子で行われているからそう見える。この1拍子がそう見える理由をライダーの皆に分かり易く例えるならば、コーナーリングする時に普通のライダーはブレーキング、コーナーリング、立ち上がり加速と3拍子で曲がる。そしてベテランになるとブレーキングとコーナーリング、もしくはコーナーリングと立ち上がり加速が一つになって2拍子で曲がる。そして達人になると全てを同時進行に行い、ムラなく繋げているので1拍子になる。大した動きを見せずに行われた事はいかにも簡単で自分にも出来そうな気にさせてしまうモノだ。これと同じ様に34のサークルは1拍子で回っているのだ。俺のウィリーサークルはまだまだ1拍子にはなっていないので彼に比べると旋回の直径も動きの美しさや安定度どれをとっても比較にならない。俺も彼に追い着ける様に努力はしているが、本気で差を埋めるには冬季に雪のない地区で練習に励むしかないと思っている。今度の冬は何処に行こうかな?皆さんの街で俺を見ても石は投げないでね。

俺は年下の34に学び、34も彼よりも若いトップエキストリーマー達に学んで己の技を磨いている。実力が全ての厳しい世界だから皆真剣になれる。侍にならなきゃこんな危ない事やれません。俺達はサムライダーズ!

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バイクは乗っても乗られるな。

060726_23500001 やっと通常の精神状態になってきたのでバイクの話を書くつもり。ライディング・ハイって知ってるか?バイクに乗ってて気分が高揚して気持ち良くなる状態。映画アラビアのロレンスで世界に知られる様になったT.E.ロレンスは「精神はスピードの中で肉体を超越する。」と語った。つまりロレンスはライディング・ハイの事をこう表現したのだ。俺も20年以上バイクに乗ってこのライディング・ハイを何度も経験している。 (最近では乗る度)別にトリップするために馬鹿みたいにスピードを出す必要はない。ライダーが受ける強烈な刺激はスピードだけとは限らないからで、もちろんスピードの人もいるがトリップとしては質が悪く遊園地のジェット・コースターと同質の単なるハイスピードからくる立ち眩みや眩暈レベルの話だ。初心者の頃はこの程度でもいいが、人間は環境に順応する能力があるので最後には何でもなくなる。俺の経験ではそうなると人はもっと速くパワーのあるマシンを求めてしまう。どんどんエスカレートするとスピードからくる恐怖と気持ち良さがごちゃ混ぜになって非常に精神にも身体にも悪い状態になり、仕舞いにはバイクが嫌になる。これではシンナー吸って気持ち良いー!って叫んでる奴と大差がない。

本当の良質のライディング・ハイとは自分のライディング能力と密接に関係があってバイクのポテンシャル云々だけでは決まらない。簡単に説明すると普段ビックバイクに乗っている人が小排気量のバイクを楽しそうに乗る現象だ。元々、楽しむ目的でビックバイクに乗っているのに小排気量だともっと楽しめてしまう。何か可笑しいでしょ?ライダーが楽しいと感じる速度は個人差があるがどんな達人でも実はそれほど高くはない。あのキング・ケニーと言われたケニー・ロバーツ (ロードレース元世界チャンピオン)でも100ccクラスのマシンを一番楽しそうに乗っているのだから間違いない。 (ただし、ドリフトして真横に走ってるが)自分が確実にコントロール出来るし、してると思わせるマシンが純粋に気持ち良く楽しめ、命をちじめる様な事も少ない。 (全く無い訳ではない。)この程度で十分に良質のライディング・ハイが楽しめてしまう。もちろん自分が走りたいステージによっても楽しめる排気量が変わってくる。高速道路はそこそこデカイバイクでないとつまらないからな。一般道でならある程度スピードが出て、自分がコントロール出来る範囲を超えずに何処でも走れる、そう考えた時250ccクラスが俺はベストじゃないかと思う。俺の周りの凄腕ライダー達もレースや競技以外の時は250ccで走る人が増えている。スピードと楽しさの妥協点的クラスなのだろう。ビックバイクでもライディング・ハイにならない訳ではないが確実に回数は激減する。ライディング・ハイを強く感じる為にはコツがあって、それはちゃんと考えて走る事。つまり一瞬先の走行プランを立てて走ると思った通りに走れた時に快感が大きく、感性が研ぎ澄まされてゆく。いわゆる波に乗れてる状態を作るのだ。

俺が思うにはビックバイクでとにかくハイスピードを求める人はそれなしでは生きられないと思い込んでるジャンキー状態であって誰もが一度は通る道。でもそれを過ぎると安息の速度域で常に冷静で自らのライディングを確認しながらスピードに酔う、これがライディング・ハイの正しい姿だといずれ気が付く。もちろん人により好みもあるので異論もあるだろう、個人的に麻薬の様な強烈な刺激を求めるのも自由だ。しかし何とか無事に年を重ねる事が出来た者は円熟した技術と反比例するが如く、自分の愛車に求めるスピードを下げる。これは決して老いからくる行動ではないと俺は断言する。心にも身体にも良いライディング・ハイとは何か知っている達人だから出来る行為だとね。おまけにそんな達人は本気で走ると凄く上手いし油断できない実力も待ってる。若者には信じられないかもしれないがこれ本当の事だ。俺は過去にそんな人達を何人も知っている。

俺は口では年だとか言って、いざって時にガツン!とやる嫌な爺になりたいなぁ。古めのバイクを見た目で解らない様にフルチューンしてな。多分、毎日乗る度にトリップしてたら年も取る事忘れるぜ。

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2006年7月25日 (火)

嗚呼、憧れの改造人間。

やばいなテンション上がらない。こういう時はまたとんでもない事書くんだよなぁ。今日は悪性オタクが喜びそうな話を書こう。 (実践オタクの俺)俺は改造人間に憧れる。なんで憧れるか。それは他人から認められた人物だからだ。現代で他人に認められる事は容易ではない。例えば俺が悪の秘密結社を結成し天才的頭脳のマッド・サイエンティストの協力で世界征服の為に人間を改造して最強の戦士を造り出すとする。この改造人間にするとしたらどんな人物を選ぶか?俺ならこんな人物を選ぶ。1、有名人ではない者。 (こんな人物がいなくなったりしたら騒ぎになる。)2、その戦士に必要な素質のある者。 (才能なき者はやるだけ無駄。)3、自分に厳しく、向上心のある者。 (ハングリーでないと洗脳しずらい。)どうだい、改造人間になれる人物とは現実社会でも期待できそうだろ。そして実は現実に存在してるんだ。俺が見つけた実在する改造人間達を教えよう。

まず一人目、アーノルド・シュワルッズネッガー。この人を俺が初めて知ったのは1980年のギネス・ブックで最も筋肉の発達した男として紹介されていた。移民の彼はボディビルで築き上げた身体でパトロンを探し、自分の身体に投資してもらい世界最高の筋肉を手に入れた。そして世界に知られる男となった。 (数年前にした心臓手術はボディビル時代に服用したステロイドによる狭心症と噂された。)二人目はベン・ジョンソン。オリンピックで100メートル走の世界記録を塗り替えた人間ドラッグ・マシン。ニトロガスの変わりにステロイドを注入し自分の命を削ってまで記録を求めた男。 (どうもステロイドを服用すると自分が本当に無敵に思えるらしい。ある意味羨ましい状態だ。)全身の筋肉がブロンズ像の様に硬く角張る。俺はテレビで彼を見た時、素直に美しいと思った。三人目はマイケル・ジャクソン。20年以上前、スズキのスクーター、ラブのテレビCMで初めてお茶の間に登場した時は鼻しかイジってなくて、メチャクチャ素敵な黒人だった。ナイキのディスコ・シューズがピカピカ光ってダンスも抜群。CMに使われた歌も大ヒットだったし、俺はこの世にこんなカッコイイ人間がいていいのかと嫉妬した。 (今ではイジり過ぎて、出来の悪い族車の様だ。ファンには悪いけど)四人目は北野武。そう、ビート・たけしだ。映画「血と骨」で超乱暴な人物を演じる為にゴツイ肉体が必要で、筋トレだけでは年齢的にも無理と判断したスタッフ達から筋肉量を急激に増やす薬剤を投与され撮影に臨んだ。役者馬鹿の鑑。後、大勢の歌手が覚せい剤注射して作った曲は胸を打つ様な良い曲が多い。大ヒットした映画でも監督が覚せい剤で得た感性で作られた場合がある。 (あえて誰の何という映画とは言わないが・・・。)

名の知れた人物ではこれ位。無名を含めるとまだまだいるが公表すると後が怖いのでこれ以上は止める。人間が後少しで手が届きそうで届かないモノを手に入れる時は手段を選ぶ余裕はないみたいだ。自分の身体に悪影響があるのを知ってか、知らずかやっちゃった人達。元々才能に恵まれた人は更なる成功のために何でもやる覚悟があるんだろう。俺みたいな根性なしには絶対無理だし、才能ない奴は何をしようがたかが知れてる。凄い奴がもっと凄くなる為に自らを傷つけ改造する。カッコイイぜ!!!昔スーパーマン見て興奮した俺には堪らないロマンを感じる。冷静に考えれば恐るべき世界だがそれがまた良い。今日も馬鹿な事書いちまったが許してくれ。

俺に言わせれば、「能ある鷹は薬打つ。」羨ましい人達よ、頑張れ!俺は地道にジェベルを改造し、身体を鍛え、心はそこそこ磨きます。

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